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2012年5月11日金曜日

【南相馬】南相馬で放射線セミナー&放射能測定

<<GW前半にの活動について、FKPの放射線ご意見番の木下さんにレポート書いていただきました。>>




GW前半の4/295/2の間、福島県南相馬市で障がい者の自立を支援されているNPO法人「あさがお」さんをFKPの有志で訪問してきました。「あさがお」さんは我々が日頃銀座で販売しているお味噌の製造元でもあります。今回の主な目的は、「あさがお」さん及び南相馬市内の見学、放射線セミナー、放射能測定装置の確認などでした。

□4月29日(日)夕刻

東京の丸ビル前から南相馬へ出発! SDトラベルの相馬ライナーで往復6000円の格安バスです。下りは東京発:18:00,上りは南相馬鹿島発5:18。バスの運行時間はやや使いづらいですが、東京・南相馬間の直通のバスはこれしかないようです。昨今格安バスの事故が問題になっていますが、この会社の運転手の方はとてもしっかりした印象を持ちました。23:00頃南相馬鹿島に到着。「あさがお」さんの癒しの家という宿泊施設を利用させて頂きました。私以外のメンバーは、車で先に到着しており、ここで合流。

□4月30日(月)午前1



あさがおさんの味噌の仕込みの様子の見学。写真は昨年12月に仕込んだ味噌です。ここでしばらく熟成させて、今年の秋以降に販売する予定です。


□4月30日(月)午前2




南相馬市の南側の福島原発から20km付近の小高地区の立ち入りが最近許可されました。
町中至る所で津波で流された車や地震・津波で潰れた家が散見されました。原発の影響で立ち入りが禁止されていたため、復旧がほとんど進んでいないようです。




小高地区の学校の校庭に放射能除染作業で生じた廃棄物が埋めてありました。一見ごく普通ののどかな校庭なだけに、とても痛々しく見えますが、今後大量に発生する除染廃棄物の処理の問題を、いろいろ試行錯誤しながらも解決していこうという強い意気込みを感じました。
 
小高地区の喫茶店。「必ず、小高で復活します!!!」の立て看板がとても印象的でした。


□4月30日(月)午後
「あさがお」さんの全体ミーティングの後、従業員の方々に対して放射線のセミナーをしてきました。放射線・放射性物質等の基本的なこと、自然界の放射線について、低線量被ばくの問題などをお話させて頂きました。講演後の質問時間では、沢山の質問を頂きました。みなさんとても熱心だったように思えます。原発から4km付近の双葉町の方から「あと何年で戻ることができますか?」との質問には、放射線の高レベル地域については、なかなか先が見えないので回答に窮しました。東京での同様の放射線のセミナーとは明らかに異なり会場は熱気で満ちあふれ、福島の方にとっては放射線はとても切実な問題なのだと改めて実感しました。

□4月30日(月)夕刻


NaIシンチレータを用いた放射能測定装置と対面。意外と小さいように思われる方も多いようですが、まぁこんなものだと思います。検出器の大きさは、セシウムなどから放出されるガンマ線がシンチレータ中で十分エネルギー損失する大きさであれば十分と言えるでしょう。この日の夕方から、次の日の夜にかけて、測定装置の基本性能や作動方法を確認しつつ、あおばた豆の放射能を測定しました。被検体の放射能レベルは自然界の放射能レベルと比較してかなり小さいので正確な放射能の値を求めるには、自然放射線などのバックグラウンドを正確に把握する必要があり、なかなか大変であることがわかりました。他の測定装置の測定結果とのクロスチェックなども必要になるでしょう。測定結果については後日改めて報告の機会を設けられたらと思います。


□5月1日(火)午後


放射能測定の時間の合間をみて、国道6号線を南下し立ち入り禁止区域の境界を見てきました。そこで、偶然自民党のベテラン相澤一郎先生に遭遇しました。残念ながらここから先の通過証を持参していないようでした。その後、先生の車は国道6号線の通過を断念して、国道から外れた道を選択していました。他のルートでの立ち入り禁止区域への突入を試みたのでしょうか?遠くからはるばるご苦労さまです。

□5月1日(火)夕刻
 
南相馬市の市民放射能測定所を訪問しました。代表の方にはご丁寧に対応して頂き、これまでの放射能測定活動や、低線量被ばくのリスクの問題をどのように捉えるかについてなど意見交換をしてきました。日頃、専門家を交えて放射線に関する勉強会をされているようで、とても有益なお話をお伺いすることができました。今後、放射能測定データのクロスチェックなどでご協力頂けるとのこと、大変ありがたいです。

□5月2日(水)早朝
 南相馬市鹿島発5:18のバスで東京向け出発。高速道路が事故により途中通行止めでしたが予定より30分程度の遅れのみで11:00頃無事東京に到着。皆様お疲れ様でした!

「あさがお」さんの作業施設前で、FKPメンバーと施設のみんなで記念撮影。^^

2011年12月10日土曜日

お味噌作り~南相馬市編~

=お味噌作り=

南相馬市産のお米と青大豆を使用。無農薬に気を配ったこだわりお味噌です。
(注:私が見た範囲なので、異なるところがあったらごめんなさい)


南相馬市産の青大豆(農薬不使用)を洗います。



砂が入らないようにざるですくいながら袋に入れます。


袋に入った青大豆がこちら


この装置に大豆を並べます。


ゴンドラにのった青大豆。この機械の中でほかほかにw


お次は、南相馬市産無農薬コシヒカリくんの登場です。



お米をガツガツひっくり返し40度くらいに冷まします。


麹種をお米に混ぜ、さらに混ぜ混ぜ。(このまぜまぜは熟練の技がないと難しいそうです)


上記のお米の後の工程は今回見れなかったのですが、下の写真のような木の枠に入れて、
暖かい部屋に保管。麹をつくります。


じゃ~~~ん できたての生麹です。


ざくざくほって、手で米粒になるようにぽろぽろにほぐします。
作業的に技術力は問われないのですが、なにぶん量が多いので手の握力が。。。w
一粒でもこぼれないように気を使いながら、でも作業は迅速に、
中腰などにもなるので、腰もとほほ。。でしたw


コシヒカリの生麹と青大豆、それから塩(沖縄産シママース)をまぜまぜ~


まぜたら、こちらの機械でミンチ!


ペタペタとならしたら、出来上がり~~~


完成~~!


運ばれていくお味噌くんたち。。


こんなおしゃれな容器にいれられて~

=他の商品のご案内=
油あげ  :  お料理してみましたが、私がスーパーで買う油揚げとはやっぱりちがう。
ふっくらとしてて味もすごくしみていました。


パイ   :  1枚が大きく、さくさくしてておいしかったです(゚▽゚*)


豆乳  :  青大豆の豆乳なのでちょっぴり青い豆乳。
健康的な味がしました。おいしかったです^^


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あさがお商品とご注文について

あさがおの商品はこちらです。
※)ただいま、あおばた豆の「豆腐燻製」はお休みしております。
ご迷惑をおかけしております。
なお、ご注文は、以下の用紙でFAXでお願いいたします。
お問い合わせやご要望もお承りしております。
http://windows-au.jp/fkp/0221/fax_sheet_20120221.pdf

2011年12月5日月曜日

南相馬市にあるNPO法人あさがおさんを訪問しました!




=記事本文に お味噌と豆腐に関して、事実と違うことが含まれていたため、追記にて補足しております。=



朝6時に出発し、二本松ICに10時半、そこから1時間半走行して、南相馬に入りました。
途中、計画的避難区域の飯館村を通過しましたが、特に変わった感じは見られませんでした。


NPO法人あさがおさんは、南相馬市の中でもやや北の方に位置しています。




代表者の西みよ子さんに暖かく迎えていただきました。



あさがおの目的は、障がいを持ちながらも人として生きる権利があり、 社会復帰・社会参加に関する事業を行いながら 人間らしく生きる権利の確保に寄与すること。

具体的には、さまざまな作業を通じて社会に貢献し、自らの生活を自らで補うための自立心を育てることを重点において活動を行っているとのことでした。



スタッフのけいこさん。





作業場でのお手伝い

基盤づくりの作業を手伝わせていただきました。


こちらはぞうきんづくり


エゴマ(じゅうねん)


しばらく作業を体験させてもらい、リーダーの役目をする方は厳しく言うこともありましたが、その奥にはやさしさが読み取れる言い方で全員をなごませながら作業を進めており、たしかに作業ミスをすることもありますが、それでも品質を高めることが可能な組織になっていることがわかりました。


南相馬市から相馬市にかけての沿岸部

今回はあさがおさんのご好意で宿も提供いただきました。宿までの移動のついでに、沿岸部はまだ被害状況が残っているということで、南相馬市から相馬市にかけて車で同行してもらい、いろいろなお話をいただきました。

南相馬の沿岸部は干拓地であり、今回の地震や津波の影響で地盤沈下が起きたとのことでした。いったんこの状態になってしまうと、干拓や土台などを考えると、元の住める状態にはならないのではないかとおっしゃっていました。土地の性質上仕方ないとは言え、ただでさえ手の打ち様が無いのに原発の警戒区域にも近いという不安や、風評被害が絶えないと言います。それでも「国も困っている」と言い、自分たちにできることを模索しているあさがおさんは素晴らしい組織だと思います。



広大な荒れた土地を作ってしまった地震と津波に、もはやありえないとしか言いようの無い感情が出てきました。
雨や台風などのたびに水がたまり、水はけもよくないとのこと。



土嚢や重機を見かけると行政やボランティアが入って対処しようとしていると感じます。それらを見て少し安堵感があります。




味噌作り

また、あさがおでは、この土日月で味噌づくりを行っており、お手伝いさせていただくことができました。お手伝いの様子は後ほど。あさがおさんでは味噌作りの指導を受けて17年前から無農薬野菜である「青葉豆」をつかった味噌作りを行っているとのこと。今年味噌に使っている材料の青葉豆は、22年度に収穫した豆だそうです。23年度の豆は原発事故の影響で収穫できず、この味噌が最後になるとのことでした。いわば、今年生産分の味噌が最後の幻の味噌ということになります。ぜひとも青葉豆の生産農家を見つけるなどして、復活味噌を願いたいところです。(追記①




焼肉

焼肉「丸長」さんにつれてってもらいました。


本当に頂き物ばかりで恐縮です。



お礼にバルーンアートをお渡ししました。



翌日

土曜日は雨でしたが、日曜日はすっかり晴れました。



朝食もごちそうになりました。


味噌作りの作業場へ行く途中に沼があり、そこで鴨と白鳥の大群に遭遇しました。


味噌作り開始です。

無農薬栽培した青葉豆と塩麹をつかった味噌です。



発酵済みのお米に塩麹(追記②)をさらに混ぜて、青葉豆を混ぜたらミンチにしたら味噌の素ができます。











翌日の作業用にお米を炊きます。



休憩~




トラックに記されていた、「テンプラ油で走行中です。」の表記。
てんぷら油をある機械に入れて100度で軽油を精製するのだそうです。



天気は良かったのですが前日によく見えなかった被害の広大さを再確認しました。



かもめが着いてきました。



水門



火力発電所



水が入ってしまった農地。



味噌は無事に運べました。



倉庫に味噌を貯蔵して寝かせます。



無農薬青葉豆の豆乳。豆腐は材料不足のため現在製造ストップだそうです。無農薬の青葉豆の生産農家があれば豆腐も復活できるかもしれないと思いました。(追記③



麹の種 (追記④


リーフパイ


油あげ


青ばた味噌


ひととおりお土産を購入させていただきました。


今回お世話になったあさがおさんには感謝しても言い足りません。

貴重な体験と、西さんの心境や今後を生きるために必要なことと、やりたいこと。
ビジネスとしての考え方など多岐にわたりお話いただきました。

FKPも今後の活動のヒントをいただいたような気がします。

マザーテレサのような西さんには今後も協力していくことを誓い、あさがおさんをあとにします。
南相馬市を出発し、飯館村を通過し、東京に戻りました。



















追記

  お味噌と豆腐に関して

記事中では聞いた話を思い出して書き込みをしたために事実と違う点があったことをお詫びいたします。

正しくは下記のとおりです。

①23年度に収穫予定の豆は原発の影響で見合わせていて、収穫できないかどうかはまだわからないそうです。

来年食品の放射線の測定機が届いてから検査をし、問題ないと判断すれば使用するかもしれないとのことです。 もし使用困難であれば他県から青葉大豆もしくは普通の大豆を購入して味噌作りをすることになる。でもその場合はコスト高で売り上げが下がってしまうとのこと。

②塩麹=>天然塩と麹  (確かにまぜたら混ぜて何日か発酵させたら同じなんですけど)

③お豆腐と豆乳も今も製造してます。22年度収穫の豆がまだある限り現在も製造販売してます。(しばらく大丈夫とのことでした) ご希望の方は宅配も対応可能です。

HP参照
http://www8.plala.or.jp/asagao/#goods

④ビニール袋に入った白いのは、麹の種でなく青葉豆からつくったおからです。
ちょっと分かりにくいのが、原発被害の前であればお豆は例年11月に収穫をし、その年とれた新米と一緒にみそを漬け込みます。

今年はこういった状況なので22年度収穫したお豆とお米で今年の味噌作りをしたそうです。 ちなみにこの日購入したお味噌は一年前の仕込んだ味噌で今年の一月ぐらいから 本格的に売り込みを始めます。

ちなみに味噌プロジェクトは2本立て。
1)24年1月からも味噌販売
2)25年1月出来上がる予定の味噌(こないだお手伝いした)を販売

以上

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